この二日ほど、卒業式がやっているようで、
おなじみの博士帽にマントといったいでたちの学生と
その家族達がわらわら。

明日はとうとう帰国。
ようやく春になったところで帰国とは。
結局、どこに行く暇も無かったなあ。

今回思うのは・・・。
自分のやりやすい環境を作るというのは
やはりなかなか大変だという事。
もちろんどんな所でも皆苦労してそうしたものを整えている、
百も承知だが、大駱駝艦に居ると言う事が
どれだけ環境的に恵まれているか、
こうしたときに感じざるを得ない。
ハコ、ヒト、ジカンetc...。
言うまでも無く今回にしても、来る前段階の作業は
ラクダのフォローが入りまくっていたわけだし、
来てからもエリックの助け、そしてある一定のところまでは
大学での今回の立場は色々と融通が効く部分もあった。
イチから自分で立ち上げてやっていこうとすれば大変ですな。
その分、気ままという変えがたいプラス部分もあろうが。

イスラエルのときから引き続いて楽器との即興を
色々試しているが音との関係性の妙が見えてこない。
反ってどんどん自分の踊りが保守的に、
且つ小さくなってきているようだ。
一度何かを掴みかけるとそれをなぞってしまう悪い癖。
もっと相手と話し合わなければいかんのかな。
やりっぱなしでは同じことの繰り返し。
当事者同士の感覚だけではわからない部分もある。
見世物である、という前提だが。
いや、そもそも何をしたくてソッキョウナゾヤッテルノカ?
やはり考えずにただ踊ってれば良いのだともいかぬ。
雛形としての振り付け、これに縛られすぎる事から
どう抜けるかと考えてやってみた挙句がけっきょく
なぞりの連続とは。何でもいいと言ってる自分が一番
舞踏というイメージに捉われているようだ。
所詮俺の肝っ玉は蚊の目玉程度であるという事か。
ま、そこからまた始めよう。

黒岩重吾の『女龍王神功皇后』読了。
一応歴史モノではあるが、架空の人物といわれている
神功皇后の話であるので、好き勝手書いてあるのだろう。
元々歴史物自体そういうものだろうし、
増してこの時代のことは殆ど判っていない訳だから。
竹内宿禰が大活躍。

帰ったら旨いラーメンを食うとしよう。
いま、どんなのが流行っているんだろう。
後は河童といせや、どこか沖縄飲み屋かな。


ところで帰ったらこのブログどうすんだろ?